スタジオの棚に並ぶSharing Cupシリーズの完成品。表紙タイトル:画面から 実物へ

画面の中で変えた曲線は、どうすれば実際に飲めるカップになる?

画面の中で飲み口を少し外へ広げるなら、線を1本直すだけで済みます。陶磁器で同じことをするには、もう一度成形し、乾燥を待ち、仕上げて焼く必要があります。手に取って飲んでみて初めて、さらに変えたいかどうかがわかります。

Coffee Stage Sharing Cup の前身を開発していたとき、私たちは、ひと口ずつ飲むコーヒーが途切れにくく、心地よく口に入る感覚を探していました。角度を変えるたびに陶磁器で作っていたら、まだ試していない方向がたくさんあるうちに、時間も予算も使い切ってしまいます。

そこで、試行の一部を、先にコンピューターの中へ移せないだろうかと考えました。デジタルモデリング、物理演算、AI の力を借りれば、少なくとも頭の中の考えを、目に見えて修正できる形にできます。そこから、さらに作り進めたい方向を選べるはずです。

当時ひかれたのは、こうして探れる可能性でした。ふだんは言葉にしづらい「口に入るときの感覚」も、胴の角度、液面、動作から、少しずつ問い直せるかもしれないと思ったのです。

カップを作る前から、選ばなければならないことがありました

「心地よく飲めるようにしたい」と言うのは簡単ですが、実際にカップを描くには選択が必要です。

胴のどこを内側へ絞るのか。外へ広がる部分をどのくらいの長さにするのか。飲み口と胴の比率を変えたとき、内部にはどれだけの空間が残るのか。横から見てよくても、正面から見たときに形がよく、手に取りやすいだろうか。漠然とした感覚が、ひとつずつ比較しなければならない、いくつかの問いに変わり始めました。

当時は Claude、ChatGPT、そして Blender などのデジタルモデリングツールを使い、角度、比率、シミュレーションの様子を探りました。その後、Claude を通じて流体シミュレーション環境も開発しました。デジタルでいくつかのバージョンを試し、実物も10個以上試作して、少しずつ後の方向へ進んでいきました。

店主が提供した Sharing Cup S、M、L、Alpha、Beta の5種類の輪郭を示す概念図。
元の図の5種類の輪郭を残し、外形と内部構造を見分けられるようにしています。工学的な測定図ではなく、図中の大きさから実際の寸法を比較することはできません。

左から:S Size、M Size、L Size、Alpha Size、Beta Size。

これは Sharing Cup の前身を開発したときの経緯です。図にある現在の5種類の輪郭は、シリーズの形を見やすくするためのもので、当時の試作品をひとつずつ記録したものではありません。今の完成品から振り返ると、最初から答えがあったように見えがちです。実際に作っていたときには、次にどの比率を残すかさえ、決める必要がありました。

液体が動く映像を見たら、何に答えるものかを確かめます

液体が流れる映像には、引きつけられるものがあります。カップが傾き、水が内壁に沿って動くと、実際に飲む場面にかなり近づいたように感じます。

ただ、胴を内側へ絞る位置だけを比べたいなら、ほかの条件はできる限りそろえる必要があります。一方は少なく注いでゆっくり持ち上げ、もう一方は多く注いで速く傾けたら、最後に見えた違いは何によるものなのでしょうか。

ここでは、モデルを範囲の限られた問いとして考えてみます。何を変えるのかを先にはっきりさせ、どの結果を比べるべきかを考えます。

知りたいこと 比較するときに示す条件 映像のほかに確認したいこと
コーヒーがいつ飲み口に近づくか カップ内部の形、入れる量、傾け方 見た目だけを見るのか、流れ出す時間も記録するのか
縁に近づいた後、どのように流れ出すか 液体の設定、縁の形、表面との接触の扱い アニメーションだけでなく、比較できる流量があるか
ひと口ずつ心地よく飲めるか 縁、カップの持ち方、人の動作 最後には実物に触れ、飲んでみる必要がある

これはモデルを読み解くためのひとつの方法であり、私たちが当時、項目ごとに完了した検証表ではありません。当時の具体的な接触係数、液体の物性、ソルバーの設定について、現在はひとつずつ示せるだけの資料がありません。そのため、専門的に見える数値を後から補うことはしません。

ツールの名前より大切なのは、それによってどの問いを絞り込めたかです。コンピューター上で形を変えられることは、唇がどう感じるかまでわかることではありません。その間には、実物があります。

ある飲用カップの研究は、「どれだけ流れ出るか」に問いを絞っています

2021 年の流量を制御する飲用カップの研究では、カップの形、液量、傾ける動作をモデルに取り入れ、液体の流出や流量の変化を観察しています。シミュレーションに用いたのは水で、対象は幼児用のトレーニングカップでした。実物の結果との照合は、今後の課題として挙げられています。原著研究を読む

この例を見ると、「カップをシミュレーションする」ということが具体的になります。最初から全体として使いやすいかどうかに答えるのではなく、観察したい流れの結果を先に定めています。そのため読者にも、モデルでどこまでわかったのか、次にどのような比較が必要なのかが見えます。

NASA のシミュレーションの妥当性確認に関する説明でも、モデルが適しているかどうかは、想定する用途の中で、実験データと比較する必要があると強調されています。カップの場合も、ある流れを再現できることと、コーヒーのひと口が心地よいかを説明できることは、問いの範囲が異なります。妥当性確認の説明を見る

私たちがデジタルでの探索を気に入っているのは、曖昧だった選択肢を早い段階で見えるようにできるからです。さらに試す価値のある形が見つかれば、そこに資源をかけられます。問いが唇との接触、手触り、実際の飲用に移ったら、実物に引き継ぎます。

Sharing Cup の胴と液面を4つの状態で示した、元の概念図。
元の図の4つの状態から、内壁と液面の位置関係を読み取れます。定性的な概念図であり、液層の厚さ、流量、口の中の液流を測定したことを示すものではありません。

左上から:①静置、②液面がくびれに近づく、③先端が外へ広がる飲み口に届く、④口に入る位置。

デジタルでは比率がよくても、実物では内側と外側の両方を考えます

その後、私たちが本当に難しいと感じたのは、デジタル上の比率を使えるカップにし、さらに次の1個も作れるようにすることでした。

カップは側面の線1本だけでできているわけではありません。外から見えるくびれと、内側で液体に触れる輪郭の間には、壁があります。縁を薄くしたいからといって、モデル全体をただ薄くすればよいわけではありません。成形、型からの取り出し、仕上げのそれぞれで、実物が耐えられる状態である必要があります。

一般的な鋳込みでは、吸水性のある型の内側に徐々に壁が形成され、その後、余分な泥漿を流し出します。成形の原理を見る つまり、目の前のカップの素地は、外形だけで決まるものではありません。内部の空間や壁の厚さも、製作の中で扱う必要があります。

釉薬をかける前の Coffee Stage Sharing Cup の素地を手に持ち、後ろに複数の素地が並んでいます。
Sharing Cup シリーズの素地の製作記録であり、初期の前身モデルの試作品を1個ずつ撮影した写真ではありません。デジタルの輪郭からこの実物になるまでには、材料と後の製作工程の両方を扱う必要があります。

ですから、10個以上の実物の試作を、単に「コンピューターの計算が正しかったことの証明」と捉えるべきではありません。試作は、もっと現実的な別の問いにも答えています。選んだ形をどう成形し、どう型から取り出し、求める輪郭をどう残すのか、という問いです。

私たちが型と鋳込みを選んだ理由のひとつも、カップ同士の差を抑えたかったからです。気に入った試作品を1個作ることと、その方向を保ちながら一定の数を作り続けることには、それぞれ別の難しさがあります。

問い続けたいのは、やはりコーヒーを飲むときの感覚です

このシリーズを始める前は、コーヒーを飲む感覚と、物理やデジタルモデリングを結びつけて考えることが、なかなかできませんでした。作り始めると、頭の中の問いはかえってはっきりしました。なぜコーヒーには、これほど多くの変化があるのか。日々おいしいと感じるひと口のうち、どれほどが飲み物そのものから来て、どれほどが使い方に関係しているのか。

今も学んでいる途中で、答えられないことはたくさんあります。それでも、シミュレーション画像に「科学的」というラベルを添えるより、探索の過程を伝えたいと思っています。手に取る方にも、この曲線をどんな考えで作ったのかを知っていただくためです。

工房の棚に、青緑の釉色の Coffee Stage Sharing Cup の完成品が複数並んでいます。
Sharing Cup シリーズの完成品を撮影した写真です。デザインが日常で使う実物になった姿を示すもので、シミュレーションの出力や初期の試作品の写真ではありません。

ですから、なぜろくろで直接作らないのかと友人に聞かれたときの答えは、ここから続きます。考えたいのは、1個のカップを美しく作れるかどうかに加えて、求める曲線を、次の1個、次の製作分のカップへどう残していくかということです。

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